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無題7

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8月に入って、もう振り向かず前にどんどん進まなくていけなかった。決めたのだから。
まずは、飲食店を中心にした場にするからには、しかるべき許可ややらなければいけない項目が細かくあることに気づく。
早々に向かったのは、食品衛生責任者の講習。会場には透き間無く20代から70代くらいまでとも思える人たちがぎっしり。こんなにも飲食店、飲食を生業にしたい人たちがいるのかと驚いた。
丸々終日の講習が終わり、免許代を払い(いろんなことで、これからちょこちょこ費用がかかることを実感しだす) 次にすべきことへと。

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なにを始めるにもこの世はお金がかかる。特に東京で商売を始めるのにはそれなりに。
健全に起業する人を応援してくれるところから融資をしてもらうことにしていた。
こぬたの女将さんから、お店を開くまでの流れをいろいろ教えてもらっていた。
日本政策金融公庫(旧 : 国民金融公庫) というところへの事業計画書というのを作って行くと
融資が受けられるらしい。私の開業する場所は江東区深川。この後いろんなことに開業場所が
関係してくることがあるのだが、管轄の金融公庫の営業所は、私の場合錦糸町だった。
今までは、俗っぽくて、格安のアジアン食材の店がある、ミニチュアな新宿歌舞伎町のイメージしかなかった錦糸町が、ここからとても聖なる地になる。
最初はサイトにある1枚ペラな書き込みフォームに事業計画をお手本通りに書いただけだった。
担当者の人はそれは温厚で、でも事務的で。。そのときは「こんなに簡単に通るのか・・?!」と思ったものだ。

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次は、店つくりに大事な、内装計画。もう決めていた。
結局私のキャリアは、21年間働いてきた業界にすべて集約されていて。後半の10年近くは
飲食店の計画が支えくれていて。そのほとんどを一緒に仕事させてもらっていた、インテリアデザイナーの滝澤さんはどこか同志な感覚だった。いっぱいぶつかったし、いっぱい本音で仕事をしてきた人だから、デザインのことを相談かるなら滝澤さんしかいなかった。
うれしいことに、すぐに飛んできてくれた。
がしかし、ここからが山有り谷有りのスタートでもあった。
よく、考えてると私自身どこまで具体的に自身の店のコンセプトを決めていただろうか。。
もう、黙っていてもコトが進むことなどないし、支えてアドバイスをくれる人や応援はあったも
それは、私が「こうする」「こうしたい」というビジョンがあってこそ。
最初はよかった。まだ。この数日は。案の定、、まずは、金融公庫から、最初に出した事業計画では
融資はおりないという連絡をもらい、その後事業計画を根本から作り直す段階に入って、
どうにも恐怖感に襲われる。融資が本当におりなかったら、、内装費用も、滝澤さんへのデザインフィーも払えない。内装費用をまずは下げれないかと相談に行くと滝澤さんに「自分がしたい料理のメニュー、そのための厨房計画、そしてどのようなスケジュールで進めて、どんな店にしたいのかビジョンとロードマップが無いのに、費用だけ落としたいなんて勝手すぎると」ガッツリと注意を受ける。
「ビールとハイボールしかない店になんて行きたくない、ワインだって日本酒だった飲みたい」
と。。
このとき、決まっていたのはカウンターチェアだけ。
マルニ木工のジャスパー・モリソンデザインのLightwood チェア。これだけだった。
by htani1223 | 2014-10-09 10:37 | つれづれ
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