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無題6

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東京に戻って、あと2回のうちの1回が終わり、残すところあと1回となったラストの
タベルカ勤務。最後の日なのに、いつもと変わらず普通に始まった。
この日は、ホールにゆきちゃん、キッチンにやむちゃんなんかが居て。
ゆきちゃんは、最初のときからなんだか私には和むかわいい子。娘くらい年下たけど
いつも私のことを慕ってくれていた(そのゆきちゃんも、今はMHLのカフェに行ったらしい)
とはいっても、最後の日だ。米を炊いていても、副菜を準備していても、タベルカに入ったときからの
ことを思い出したりしていたかもしれない。
いずれにしても、ここに入って、ここで働いて、だから今回の進むべききっかけがあったんだ。
いっぱいいっぱい、教えてもらった。そして、歪んだ精神、ネガティブ精神が改善され
精神的ストレスもゼロにしてくれたこの職場には感謝しても為尽くせない。
こんなにも、いい人ばっかり集まる場があるんだ・・! と。
自分が素直に一点も曇りも無く打ち込めたのはこの人たちが居たからだ。

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ラストのまかないは、スペシャルだ。
うれしい。同じ2時上がりのやむちゃんと。
私以外ほとんど飲食経験者。やむちゃんは私よりも後から入ってきたけど
かなりな上級者。いろいろ教えてもらった。
ホールのあさちゃんからは、今でも読むと泣いてしまう手紙をもらった。
いつもと変わらないラストの日とはいえ、とても忘れられない日になった。
本当にありがとう。応援してくれてありがとう。
また会えるし、きっと、ずっと縁はき切れないから。

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ありがとう。
by htani1223 | 2014-09-10 23:37 | つれづれ

無題5

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実家に帰省する。
こんな7月下旬に帰ることは、初めてなんじゃないだろうか。
脱サラするといろんなことの状況が変わる。帰省する時期、休みの感覚、などなど。
初日にもう、弟、父、義妹、姪と甥のいる中で、これまでの経緯を話す。
父も、弟も、やはり予想通りなのか、怪訝。。。
それはそうだろな。お金はかかることだ。
そう、今回は「こぬた」の女将さんのアドバイスもあり、日本政策金融公庫から融資をうけることにした。「こぬた」さんもそういう融資をうけて開業したと。
この金融公庫の融資は、無担保無保証人という条件なので、大きなところでは、親族には迷惑をかけないのだが、父に不動産契約への署名、捺印、印鑑証明というものをもらわないといけない。
その父がやはり、心配してくれているのだろう。ちょっとだけ酒も入っていたからね。
でも、まぁ、自分のなかで決めたことは、どんなマイナスな意見を言われてもそのときは
気分的にはよくなかったけど、"もう決めたんだから"という思いひとつだった気がする。
翌日だったか、姪と一緒に仙台へ。
通りで、商売繁盛のシンボル、「仙台四郎」をみつける。
"どうか、うまくいきますように"と祈った。

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義妹や姪、甥(あんまり内容わかってないと思う5歳・・) は、もちろん喜んでくれていた。
まぁ、親子ではないし、姉弟じゃないし。
というのもあるけれど、血のつながりはどうであれ、もう出来るだけ前向きに
応援してくれる人たちの声しか聞きたくなかった。またその応援がどれだけ気持ち救ってくれたか。
それでも、父も弟もみんな一緒に夏の夜に庭に出て花火をするときは、心穏やかに
楽しい時間だった。
実家滞在もあと数時間、新幹線の駅まで姪も甥も一緒に送っていってくれるという。
その直前に、姪がLINEメッセージと同時に話してくれる。
" 必ず、がんばったら、かえってきますよね!"
"がんばったら、がんばっただけ、楽しいと思います! "
なんて、くると最後は、ホロッときてしまった。。そう、いつも姪は、グサッと響く
素敵なメッセージをくれる。私がなにか新しい挑戦をしようとするとき。
父も、黙って最後は不動産契約にサインと捺印をしてくれた。
しらぬうちに印鑑証明もとってきてくれていた。
「兄弟にだけは迷惑をかけるな」と。
さて、東京に戻って前に進まなくては。
by htani1223 | 2014-09-09 16:50 | つれづれ

無題4

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物件を押さえることは完了した。飲食店だったところに飲食もやる場所を持つのだから
これはスムーズにお得にできるのではという、要は「居抜き」という形で入れるのは
ラッキーだと思っていた。しかし、タダではないのだ。居抜きの場合は、そこにある飲食に関連する設備なども含んだ状態で買い取るというのも、自分は受けなくてはならない。
「造作譲渡」という契約も平行してすることに。いずれも、手付け。最終契約は
自分の賃貸契約がスタートする直前ということ。ここから、自分の未知の世界にまた入ることになる。
そう、3月からお世話になっていた、ドータベルカでの勤務も7/末で辞めることにした。
不定期に一日5時間程度のバイトなら・・と思いもしたが、きっと8月からはバイトをしながらでは
、基本不器用な自分に、自身の店の準備と一緒には出来ないと思った。
しかし、ここで働けたことは、この今回の自分の決断に対して大きく影響している。
たぶん、タベルカのようなプロが仕切る飲食で働くこともなく、いきなり店を持つことは
自分には出来ない。そして、「こぬた」の女将さんも声はかけてくれなかっただろう。
そう思うと、そのきっかけをくれたところを辞めるというのは複雑でもあり寂しい決断だった。
でも前に進む。感謝しながら。
「こぬた」のある場所は、改めて周辺を見ると、深川一丁目の交差点がすぐ近くだった。
そして、住所も深川。なんだかこんな、文化の深いところを受け継ぐのか・・と思うと
追い風もあるけど、大きなものを背負うような気もした。

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ドー タベルカを辞めることは、できれば1ヶ月前には伝えておかないと、と思い、6/30の日が変わる
直前23時45分ごろに店長の松本さんメールした。
メールでは詳しい理由は話しづらいので、また。という書き方をしたら、すぐに電話がかかってきた。あー、ビックリ(笑) タベルカの人たちは、こういう天然みたいなところが大好きだ。
私よりも1月前に辞めていった、並木さんをみんなで送別する会をとシフトもバラバラなのに
一生懸命調整をつけて集まった。またこの雰囲気が大好きだ。
まさか、自分も辞めるって・・みんながその時に知るというのもなんだか辛かったけど。
ほぼみんなが、私の次へのステップを応援してくれた。
やはり、タベルカのオープン前から、立ち上げ時期を共にした人たちとは、たった5ヶ月くらいなのに
もっとずっと長く一緒にいたような気がする。
ここの人たちとの出会いはほんとに私には貴重なものだった。
さてさて、どんどん気持ちが加速していくこの頃。この送別の会の翌々日、帰省することに。
by htani1223 | 2014-09-08 12:59 | つれづれ

無題3

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起こることには意味がある。いつもそう思うようにしている。
良いことも、悪いことも起きたら、きっとそれは自分にとって良い方に導いてくれる
意味があることなのだと。基本ポジティブシンキング。
この、ヨーガンレールの食堂に行ってからだが、トントンといろいろ起きた。
照明の仕事や他フリーで1、2個仕事の依頼を受けていた。だから、6月からはドー タベルカはバイト契約にしてもらっていた。未練があるのか、やはり自分は、デザイン関連の"こっち"の人間なのじゃないかな。とか。
しかし、この"依頼仕事"というスタイルの仕事は、先方の都合で急に内容が変わったり、急に無くなったりもする。ちょうどそんなことが、なぜかこの時期に起きて。。
自分にとって、この依頼仕事を受ける"フリーランス"というスタイルだけで仕事をする、というのは向いてないと思い出していた。だから、早く自分で作って、自分が発信する場を持たなくてはということになったのだが。

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ちょうど、早番でタベルカに入っていた日、携帯がなると不動産屋の江東商事さんからだった。
「先約だった人が、契約を断ってきた」ということ。
私に、契約の権利がまわってきた。ちょうど、ランチ前後の時間で、慌ただしかったから用件だけ
で済まして改めることにしたが、もう気持ちは完全に大きな追い風とともに前に進んでいた。
数日中に、手付けの申し込みをしに行かなくてはならなくて。でももうそこまでいったら
後戻りはできない。手付けに行く日、直前に父に電話する。
なにのことやら、理解がすぐ出来ない様子。もともと7月末に帰省することにしていたから
そのときに詳しく話すからと言って切る。
手付けを支払ったら、これからのことを具体的に考えだした。
規模は小さくても、自分の場所を持つということ、事務所だけではなくそこで飲食も運営するということは、しかるべき細かいことをやっていかなくてはならない。免許(飲食業への許可証)
、内装、仕入れ、などなどの手配。
私は、真っ先に滝澤さん(インテリアデザイナー bazik代表)に連絡をした。
自分が店を持つときは、滝澤さんにとずっと思っていた。夜遅くのメールにも、即電話がかかってきた。数日後、現地に来てくれた。なんだかウレシいと思うも、私は私自身という個性でこれから
人と人との付き合いをしていく。そこには以前の組織時代の自分では全く無いのだという自覚が
はっきりした時でもあった。
by htani1223 | 2014-09-08 12:28

無題2

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そんな、自分の新たな展開がはじまるということに、かなり思いが高まっていた。
「こぬた」店舗の次の不動産契約には実はこの時点で、先約が入っていたのだ。
それも聞いていた。なのに、自分の中では、即気持ちが切り替わっていて
「もし、自分のスタジオ兼店舗がここではじまったら・・」といろんなことに思いを馳せはじめていた。流れとしては、まずは、不動産屋さんに行って挨拶をしにいき、ここの物件を自分も
契約したいのだという意思を伝えてくる。そして、先約の人の最終的な返事を待ち、断ってきたら、初めて自分に契約の権利がまわってくるのだ。ということ。
わかっている、そんなことはわかっているのだ。ただ、本当にいきなり気持ちだけが加速しだしていたと思う。でも、その思いが大事だったんだと思う。だから、不動産屋に行く前に会う人、会う人で自分のことを良くわかってくれる人には、ちらっと話し始めていた。
人生の大先輩の友人に、ショップのレセプションに誘われ、そのシッョプのレセプションカウンターに
キレイな「FUTAGAMI」のランプがあった。先輩にも話したが、バッサリと反対の意見。
" やめたほうがいい " "あれもこれもなんて無理 "
それはそうだ。今考えても、無謀な気がする。そのときに自分には。
でも、このときに見た「FUTAGAMI 」のランプの印象がどうしても忘れられない。
新たな決断をした自分への、前向きな何かのサインだと思う。

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「こぬた」の女将さんに声をかけてもらってからまだ2日しか経っていないのに、日ごと気持ちだけが
どんどん前に進んでいた。
前から、お願いしていた、ドー タベルカの仲間とヨーガンレールの社員食堂に行く。
そもそも、「こぬた」と私との出会いのきっかけは、ヨーガンレールの社員の人に連れて行ってもらったこと。なんともいえぬ複雑な気持ちでこのときはランチに行ったような気がする。
タベルカの仲間達は、とても喜んでくれた。
この人たちに、どんなタイミングで話そうか・・なんて考えていたような気がする。
そう、私がこの3月に飛び込んだ、飲食の世界。キッチンとホールの仲間達はとても素敵な人たち。
彼らとの出会いは本当に人生の中での宝だ。親子ほど年の離れたような人たち。そしてその環境なのに、誰一人、私に対して気をつかったり、距離をつくって接する人は居なかった。
そう、私はこの人たちに私ができることを最大限してあげようと思っていた。
それが、このヨーガンレールの社員食堂にまずは連れて行くこと。
武さん(ヨーガンレールの広報兼友人)、ありがとう。
ランチをしていても、私の心は半分、自分の未来のことに飛んでいた。
by htani1223 | 2014-09-06 18:28 | つれづれ

無題1

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2014.06.17
久しぶりに、会社を退職して初めてタイムアンドスタイルに行く。
龍太郎さん(タイムアンドスタイル代表)と会う。大きな手術をして、それを越えた龍太郎さんはすごく強く見えた。
一緒に、照明をつくるための話をしに行ったのだけど、そのことに関してはなんだか
先がすぐには見通せない、プレストだった気がする。
きっと、龍太郎さんは、もっと先を見据えたところからほんとは考えていたのかもしれない。
私だけが、自分の立ち位置がまだ見えてなかった。会えたのはうれしかったけど、
すぐに具体的な仕事のスタートができないもどかしさに、悩みだしていたいたような気がする。

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2014.06.18
そんな、気持ちが曇りながら、なにか自分から発信できることを考えなければという
ミッションに駆られだしたのもこの頃。
この日はたしか木曜で、「こぬた」さんがやっている曜日だと思い、18時ぴったりぐらいに
到着。たしか現美→こぬた のコースだった。
客は誰もまだ居なかった。
女将さんの明子さんと、大将の太郎さん。
やはり復帰後の太郎さんは相変わらずマスクをしていたけど
黙々と串打ちをしていた。
申し訳ない、私が早く来たものだから、急いで焼き場に入る太郎さん。
明子さんが、私のボトルを出してくれる。
世間話をしながら、いくつか注文をして、ゆるゆると呑み始める。
明子さんが
「自分の店、出したいと思っているんですよね。どこか見つかったりとかしました?」
と聞いてくる。
「えっ、、あ、はい、いつか出したいと思っています(あれ?いつか言ったかな?)
バイトが終わったら、日本橋の裏路地とか、いろいろ見て回ったりはしていますけど
まだ、そんなココでこれでっていのうはないです」
明子さんが「いつごろやりたいと思っているんですか?」
「あ〜、もう、早ければ早く。無理かもしれないけど出来たら今年中とか・・」
と私が言うと
「実は、まだお客さん達にはだれにも言ってないんだけど、私たち8/末で
この店を閉めようと思っているんですよ。旦那も病院いったりきたりで
もう少し療養に専念しようかと思っていて。もし、よかったら、谷田さんここで
やりませんか? 9月からとか早くからになるけど」
もう、びっくりした。なんにも根拠のないことではないし、私も自分の発信の場所は
早く持たなくてはと思っていたし、こんな流れで「こぬた」の女将さんからこんなことが
言われるというのは、ほんとならビックリすることではないけど、
このタイミング、まさか・・こんな身近から縁がおりてくると思っていなかったから。
「知らない人で、ここの次が始まるよりも、知っている人に始めてほしいと思っていて。」
声帯を病気で取ってしまった太郎さんはボードに書いて会話をする。
するとボードに走り書きのように書いて見せてくれた。
「ぼくも谷田さんにやってほしい」と書かれたホワイトボードの字。
あまり詳しくは思い出せないけど。すごく重くズシッと響いてたような気がした。
そう、すべてはこの日、2014.06.18の日から始まったんだ。
by htani1223 | 2014-09-05 11:20 | つれづれ